これは、『さよなら人類』で一世を風靡したバンド「たま」の楽曲の一節だ。1990年にメジャーデビューし、「たま現象」と呼ばれるほど話題になった。一見するとシュールな言葉遊びのように思える彼らの曲は、聴き手によって千差万別の景色を見せる。自由な解釈を許容する余白があるからこそ、私はそこに自分なりの意味を見出さずにはいられない。
この歌詞を聴くたび、私は考える。ここでいう「月」とは、大切な誰かと出会い、その関係性の中で光を放つ自分のことではないか。そして、「あのこ」とは、苦しみをひとりで抱えていたときの自分だ。
大切な誰かと関わることで生まれる自分が眩しすぎるからこそ、かつてひとりで抱えていた苦しみのカケラは、今の自分にはもうはっきりとは見えないかもしれない。しかしそれは、過去の自分を失うことではなく、今の自分がそれだけ目の前の相手と誠実に向き合っている証だ。
この人の前ではありのままの自分でいたいと願う一方で、その人のためなら変わってしまってもいい、むしろ変わりたいとさえ思える。誰かを大切に想うことがそうした一見矛盾する感情によって成り立つのだとしたら、それはどこか曖昧である。
その曖昧さを自覚してもなお、そばにいたいと思える人、月がきれいだと伝えたい人がいるのなら、その人との出会いこそが「幸せ」と呼べるものなのだろう。
大学生活の中で、様々な人と出会い変化していく自分に戸惑うことがあるかもしれない。しかし、その変化は決して自分を見失うことではない。今はただ、誰かに照らされることで出会う新しい自分を大切にしてほしい。
(山須田優)
