(扉の一言)オードリー・ヘップバーン

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

年をとると、人は自分に二つの手があることに気づきます。ひとつは自分を助ける手。そして、もうひとつは他人を助ける手。

オードリー・ヘップバーン

 私たちは日々の生活のなかで、どれくらい他人を思うことができているだろうか。自分のことで一杯一杯になって、どうしようもなくなったとき、自分の手を見つめて、この言葉を思い出してほしい。

 オードリー・ヘップバーン。アカデミー賞、エミー賞、グラミー賞、トニー賞の受賞経験を持つ数少ない人物である。彼女の名前を知らない人はいないのではないだろうか。そんな、女優として才能溢れる彼女が人生をかけたものは、女優業だけではなかった。彼女は、後半生のほとんどを国際連合児童基金(ユニセフ)での仕事に捧げた。そして、1992年終わりには、ユニセフ親善大使としての活動に対して、アメリカ合衆国における文民への最高勲章である、大統領自由勲章が授与された。

 ではなぜ、ヘップバーンは女優業を犠牲にして、ユニセフでの活動に力を入れるようになったのか。その背景には、彼女の少女時代が深く関わっている。第二次世界大戦中、ドイツが彼女が当時暮らしていた、オランダに侵攻。当時11歳だった彼女は、栄養失調に苦しみ、重度の貧血と呼吸器障害、浮腫に悩まされた。彼女が少女時代に受けたこれらの戦争体験が、後年のユニセフへの献身につながったといえる。

 ユニセフでの経験を通して、ヘップバーンはこんな言葉も残している。『愛されるより、愛することのほうが大切だと思います。』

私たちは、自分のことだけに必死になってしまいがちだ。しかし、私たちは他人を助けること、愛することを忘れてはいけないのではないだろうか。私たちはこの世界で、手を取り合って生きてゆくのだから。

この著者の最新の記事

関連記事

ピックアップ記事

  1. 2020-1-8

    ライスボウルの実力差に疑問 アメフト部が要望書を提出へ

     関学大体育会アメリカンフットボール部は、社会人と学生の実力差が顕著になっている日本選手権(ライス…
  2. 2020-11-8

    神戸大を退け決勝進出 関学アメフト

     関西学生アメリカンフットボールは8日、神戸市灘区の王子スタジアムで1部トーナメント準決勝2試合があ…
  3. 2020-10-21

    【特集】悲願の日本一へ 体育会サッカー部 船越大夢 関学のイニエスタへ、視界良好

    「たくさんゴールを決めたい」。そう言って笑う船越には、まだあどけなさが残っていた。…

アーカイブ

ページ上部へ戻る