(ヒストリー)校舎建築のトレンドを追う

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 学院の規模が拡大していくにつれて、本学の教育施設は手狭になっていった。本学の建築物の特徴である、スパニッシュ・ミッション・スタイルを継承しながら、創立百周年を目指してキャンパス整備が行われた。(T・M)

 戦後になり、上ケ原キャンパスに建築された校舎は、急激な学院の規模拡大、学生数の増加に呼応して建てられたものであった。ヴォーリズにより設計された校舎群とは、ある程度のデザイン的な調和が図られたとは言え、間に合わせの為の校舎という印象は拭えないものであった。

 また、創立70年を迎える50年代後半からは、今までのデザインの傾向とは異なった設計がなされた。スパニッシュ・ミッション・スタイルを離れ、単純な直線ないし曲線が基本となったものが建設された。学院施設課と竹中工務店によって設計・施工された、これらの建築群は上ケ原キャンパスに新鮮なイメージを加えるものになったと評価されている。現在でも、第五別館や旧学生会館に、その特徴を見ることができる。日本におけるモダニズム建築の隆盛と時を同じくして、本学キャンパスにも近代的デザインの校舎が建設された訳だが、スパニッシュ・ミッション・スタイルとの調和という点では配慮が充分であったとは言い難い。当時の校舎建築計画において、キャンパス全体の機能性や景観は二の次で、財政的側面に重点が置かれていたことが設計思想からも読み取れる。

 60年代末に大学紛争が収束しつつある頃、80年代末の創立百周年を目指して、学院はヴィジョン委員会を設置し、キャンパスの整備計画の検討を始めた。市道の北側を教育ゾーン、南側を体育・厚生ゾーンと分けることを決めたのも、この時である。また、図書館前の通称「銀座通り」付近などに散在していた部室や、売店などを統合し、新たな学生会館に集約することなども提案された。これらの提案は、長期的プロジェクトとして実施されることとなった。

 1978年6月、銀座通りに面していた第二学生会館が、出火により焼失した。部室を失ったクラブも多くあり、前述の学生関係施設構想の具体化が急がれることとなる。

 解決を急がれる形で、現在の新学生会館の建設が行われることとなった。この頃になると、日本設計が校舎の設計に参画し、新しい感覚のスパニッシュ・ミッション・スタイルが積極的に取り入れられた。設計思想の原点回帰が見られ、キャンパス全体の調和・景観が意識されるようになった。新学生会館も日本設計による設計で、スパニッシュ・ミッション・スタイルにより建設された。ここで、1984年7月に竣工(しゅんこう)し、今日に至るまで、学生活動の拠点となっている、新学生会館について掘り下げたい。

 「若さのルツボ」をテーマに設計された新学生会館は、①学生による自主的な課外活動、②学生、教職員の福利厚生、③大学構成員相互の人間的交流——の為の施設として建設された。そのため、様々な性質の、多くの部屋を一つの建物に納める必要があった。その上、それぞれの部屋には外光と通風が必要とされた。ひとかたまりの建物にするのではなく、口の字型の建物にし、外周壁を長くすることによって、この問題を解決した。また、上ケ原は高度制限地区に指定されており、15メートルまでの建物にする必要があった。地上15メートルで建物の高さを固定し、納まらない分に関しては、地下に掘り下げていった。また、中庭も掘り下げることで、地下にも外光と通風を確保することができた。口の字の建物の北側と東側は会館棟として、ラウンジや共用室、生協や業者食堂のためのスペースが置かれた。西側は武道の道場を、南側の部室棟には各総部室を始めとして、公認団体の部室が置かれた。そして、大空間を要する温水プールは中庭の地下に配置し、多くの機能を限られたスペースに収納した。また、特徴的な中庭建築はスパニッシュ・ミッション・スタイルと融合し、建物の合理性と伝統が融合し、美しさを際立たせている。

 巨額の予算を投じて建設された新学生会館は、一部に予算を使いすぎとの声があったものの、概ね好意的に受け入れられたことが当時の本紙や卒業アルバムから読み取れる。竣工から35年が経ち、多くの学生が大学生活の1ページに刻む場所として、今でも多くの学生に利用されにぎわっている。

 新学生会館が竣工した頃から、学院創立100周年記念事業として、新たな講義棟の建設計画が具体化していった。現在でも積極的に利用されているA号館・B号館・C 号館は、まさにこの時に建設され、創立百周年を迎える1989年から供用された。

 A号館は実質的に法学部の講義棟として供用されており、講義室の他に法学部学生自治会室なども置かれている。また、C号館は経済学部の準講義棟として供用されている。A号館とC 号館の間に建つB号館はもっとも大きく、500人以上を収容することのできる大教室が設置された。これらの講義棟群の建設は、学生増加に伴う教室不足を大幅に改善することになった。それと同時に、視聴覚設備に代表される現代的な設備が設置され、先端的な講義を展開することができるようになり、講義の質の向上にも寄与した。

 本学・西宮上ケ原キャンパスが現在の姿に近づくに至る20年余りの軌跡をこれまでに述べた。すでに一部の建物は老朽化が目立っていることも否めないが、今なお積極的に活用されていることが、キャンパスの整備計画が長期的に良く練られた何よりの証左だろう。さらには、設計思想の原点回帰が功を奏してか、西宮上ケ原キャンパスは2017年に日本建築学会賞を受賞している。機能性はもちろん、景観にまで配慮された文化的価値の高い建築群で構成されるキャンパスは多くの人に愛されている。一方で、校舎の大規模化・近代化に際して、歴史的価値の高い旧校舎や建物が取り壊されている。価値の高い資産を残しつつ、キャンパスの発展的な整備を行う必要性が高まってきている。

建設中の新学生会館=関西学院学院史編纂(さん)室提供

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