大震災から変わった関学 節目で辿る変遷の歴史
- 2025/3/17
- ニュース
- 866号, 田爪翔, 阪神淡路大震災30年

甲東園駅から歩く受験生たち=1995年2月、関学広報室提供
震災がもたらした被害
阪神淡路大震災は関西学院に大きな被害を与え、当時の在学生15人、教職員8人が亡くなり、同窓生も数十人が逝去した。被害総額は約10億3千万円に上った。
建物は中学部矢内会館と心理学研究館ハミル館が半壊、第4別館では甚大な被害、理学部研究室では出火が発生した。その他建物内部も被害が生じた。

中学部矢内会館は震災後、拡張を兼ねた修復工事を行い、現在も使われている。ハミル館、第4別館も同様に修復工事を経て今に至る。
理学部研究室があった理学部棟は2001年夏理学部が神戸三田キャンパスへ移転した後、全学部共用棟として使われ、現在は2024年に竣工したJ号館となっている。

大学周辺では?
関学大の周辺では、阪急門戸厄神駅-甲東園駅間で山陽新幹線の高架橋の橋脚、門戸陸橋の崩落が発生した。そのため、関学の最寄り駅である甲東園駅へは路線の復旧中のため不通だった。

入試への影響
関学大の入試は震災から1か月後の2月1日から8日に実施された。受験生たちは2月4日までは西宮北口駅-門戸厄神駅間、仁川駅-宝塚駅間のみ再開した今津線を利用し、門戸厄神駅、仁川駅から受験会場である西宮上ケ原キャンパスへと向かった。


関学大は教職員や学生の道案内として駅からキャンパス間に配置や立て看板を設置し、受験生たちが安全に向かえるよう計画した。また出願できなかったり、受験できなかったりした受験生に対し3月に救済として特別入試を実施した。
震災について考える
関学大は震災後30年の時を経て建物や組織を含め大きく変わった。しかし、当時の人々が復興にかけた熱意はこれからの災害に対しての姿勢にも学ぶところが多くある。過去を学び、伝えることが震災後30年の意義なのかもしれない。
(田爪翔)
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