中国放送・坂上俊次アナウンサー「夢のために可能な限りの正攻法を」

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 坂上俊次アナウンサーは社会学部の卒業生で1999年に社会学部を卒業後、中国放送に入社し、主にスポーツ番組を中心に数々の番組を担当している。また、著書「優勝請負人 スポーツアナウンサーが伝えたい9つの覚悟」や「広島ではたらきたくなる本」など多くの本を執筆している。

 今回新聞総部は坂上アナの「学生時代」と「現在」についてRCC中国本社にてインタビューを行った。その一部を紹介する。

坂上俊次アナウンサー=7月1日、中国放送(RCC)、久保田創士撮影

―学生時代―

―入学のきっかけ―

 「大阪の放送局を調べると有名なアナウンサーがみんな関学大出身でアナウンサーになるための近道だと思った」と入学のきっかけを語った。関西学院大学の出身で有名なアナウンサーには坂上アナが学生時代の当時は、杉本清アナウンサー(元関西テレビ)や角淳一アナウンサー(元毎日放送)、楠淳生アナウンサー(元朝日放送)等がいた。

―学生生活―

 入学後はキリスト教系の授業に苦労したと語った。「キリスト教学が当時難しかった。ミッション系の高校出身で高校の範囲を勉強するかと思ったら、思いのほか難しくて…」苦笑いを浮かべた。

 在学中は部活動にも一生懸命取り組んだという。

 部活動は広告研究会に所属し、当時廃止となっていたミスコンの復活に力を入れたという。坂上アナの代で「KGクレセントクイーン」という名でミスコンを復活させた。

 坂上アナはそのチームの営業担当で多くの企業を訪問し多くの広告を取ってきたという。広告を多く取ってくる秘訣は「説明よりも、どこに行くか」だそうだ。学生に当時需要のあったカラオケボックスや英会話教室など、業種を絞って訪問した。

 コンテストのゲストには坂上アナの希望が叶い、杉本清アナを呼ぶことができたそうだ。「中央講堂が満員になって、良いゲストが来てくれて、一生懸命やるとこんなに人って集まるのだと、ちょっとおもしろかった」と笑顔で振り返った。

―学生時代のお気に入りのお店―

 学生時代のお気に入りのお店は学生会館新館の1階にあったカフェ「OFF TIME」だ。現在は閉店している。坂上アナは「当時はイタ飯(イタリア料理)が流行っていて、ドラマのシーンでもイタリア料理店ばかりだった。その時にOFF TIMEにはたらこパスタがあった。これは当時、相当鼻が高かった」と語る。様々な大学の広告研究会で交流がある際は、必ず他大学の学生にたらこパスタを食べさせて、関西学院が「おしゃれ」であることを「食」でも示した。

―アナウンス教室にも通った学生時代―

 授業や部活動の傍ら、アナウンス教室にも通った。大学2年生終盤、大学の就職課に行ったら、「生田教室」というアナウンス教室のチラシが貼ってあった。そこは有名なアナウンサーを多く輩出したアナウンス教室だ。アナウンス教室時代の思い出としては同期との実況の練習を挙げた。「甲子園大会の一回戦から決勝まで、毎日実況に行って、1日三試合しゃべるとか、一生懸命やっていた」と笑顔で語った。

中学駅伝の放送席

―現在―

―アナウンサーとして必要なもの―

 大学を卒業し、中国放送に入社後、坂上アナは現在までに広島東洋カープの実況を25年間、通算700試合担当してきた。元広島東洋カープの野村謙二郎氏、新井貴浩氏など5度の2000安打達成の瞬間を実況してきた。その他、ホッケーや駅伝なども中継する。

実況中継を行う坂上アナ

 そんな坂上アナがアナウンサーとして必要なものは「時代感」と語る。

 その時に何が求められているのか、放送局やアナウンサーを取り巻く環境はどうなっているのかなどを答えがなくても考える癖をつけることが大事だそうだ。

 坂上アナは時代を追うために様々な努力をしてきた。坂上アナが入社した当時、実力のあるアナウンサーはプロ野球の巨人戦の実況を任されていたそうだ。「上手い先輩方がいっぱいいて普通にやっても太刀打ちできないと思った」と当時の心境を語った。

 そこで始めたのが広島東洋カープをすごく応援する実況だ。当時周りにそういったアナウンサーはおらず、独自性が出た。そこから坂上アナはラジオの全国ネットの特番や番組に呼ばれる機会が増えた。またアナウンサーとして数々の賞も受賞した。

―アナウンサー以外の仕事である本の執筆について―

 坂上アナは長年のアナウンサー経験から本の著書も行っている。きっかけは雑誌での連載だそうだ。「元カープの三村敏之監督からお話をいただいて、アスリートマガジンさんの雑誌で毎月、(カープの)選手のことを2000字書くことからはじまった」と語った。

 著書活動はアナウンサーとしての仕事にも大きく活かされているとも語る。「取材の時の話の聞き方がまず変わった、ディテールをすごく聞くようになった」と効果を語った。

―関学大のスクールモットーを体現した瞬間―

 様々な実績を残してきた坂上アナが本学のスクールモットーである「Mastery for Service」を体現した瞬間は「人の人生を変えた時、人の人生に決定的な選択肢を与えた時」と語る。

 「私の作った番組の企画を見て『子供がこの学校のこの部活に行きたいって決めた』と(その子の)保護者から言われたことがあって」。実際、坂上アナが取材した広島県立祇園北高校(広島県広島市)野球部は紹介後に部員が増加した。そして2021年夏。第103回全国高校野球選手権広島大会でノーシードから決勝まで進む快進撃を見せるほど強くなった。

―メッセージ―

 最後に坂上アナは「大学には学びの要素が全て揃っています。大学には各分野の頂点の方がいるわけです。だからこそ授業をしっかり受けて多くのことを学んでほしい。あとは、目標でも夢でも、可能な限り一番確率の高い正攻法を取り続けることが大事です」と自身の経験をもとにメッセージを送った。

(久保田創士)

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