「社会学という眼鏡をかけると、世界の見え方が変わると思った」。そう語るのは、現在大阪大学大学院人間科学研究科に勤める福田雄准教授だ。
2000年に関西学院大学社会学部に入学。学部時代は大村英昭教授の授業を受け、社会学に魅了された。卒業後はいったん就職し、3年間サラリーマンとして働いた。
しかし、社会学で自分の違和感や疑問を言語化できるのではないかという漠然とした期待を抱いていた。そして、大村教授が定年を迎える前に大学院で社会学を学びたいと考え、進学を決意した。
大学院受験を控えた1年前に祖父が亡くなり、相次いで祖母も亡くなった。父が牧師であったため、葬儀はキリスト教式だった。
一方で、参列者の多くはクリスチャンではない。家族だけでなく、家族以外の様々な人のための葬儀の形を父と模索した。「キリスト教式でありながらも、クリスチャン以外の参列者も一緒に偲ぶことができる葬儀をつくりたい」という思いからだった。この経験から、社会で死者を悼んだり弔ったりすることに関心を持った。
修士課程では半世紀以上の長い時間軸のなかで長崎の原爆慰霊祭の変遷を読み解いた。博士課程では東日本大震災を巡る慰霊祭や追悼式を研究した。その後、インドネシアの津波記念行事と対比することで日本の慰霊祭の特徴がわかるのではないかと考え、スマトラ島沖地震の被災地であるインドネシアで調査をした。
昔と今の長崎、またインドネシアと日本では、儀礼そのものも、語られる言葉とその対象も、生と死の意味づけも異なるという。しかし共通するのは、あの死は無駄ではない、意味があると思いたいという人々の思いだった。
死や苦しみに意味を与えることはファンタジーや幻想かもしれない。しかし、それは生きていくために必要な物語なのだという。「人は偶然の死や不幸に何か意味があるんじゃないかと思いたいし、思わないと生きていくのは難しい。一瞬で多くの人が死ぬことがもたらす出来事の意味を模索する場のひとつが、慰霊祭や追悼式なのではないかと考えた」と語る。
こうした研究の集大成が、2020年に刊行された著書「われわれが災禍を悼むとき:慰霊祭・追悼式の社会学」だ。死や災害後に生きることの意味を完全に理解したわけではない。しかし、「何のために生き何のために死ぬのかを、自分なりに少し言語化することができた」と振り返る。
最後に学生へ向けて、「学生の時期は、気になるところに行き、話したり書いたりすることで考えたことを分かち合うことが最も自由にできる。若いうちにそれをたくさんしてほしい」と語った。
(山須田優)

