不安や怒り、焦りといった感情が、時に自分自体を支配してしまうことはないだろうか。「また失敗した。もう俺はだめだ。いや、これはあいつのせいだ。ちがう、それより早く謝らないと―」。頭の中を駆け巡る思考。負の思考は続くとストレスとなり、やがてうつ状態を招きうる。
こうしたネガティブな感情や思考と距離を置き、過去や未来の物事にとらわれず、「今、この瞬間への気づき」を得る心のあり方。それが「マインドフルネス」だ。
今、この瞬間への「気づき」とは。この場合の気づきにはいくつかの意味がある。マインドフルネスを研究する池埜(いけの)聡教授(人間福祉学部)は、気づきを次のように説明する。
「気づきというのはふと気づくんじゃなくて、意図的に気づく。気づいたものは評価せず、ありのまま。とらわれのない状態で、ただ気づく」。マインドフルネスの状態では、今、この瞬間に意識的に注意を向け、過去や未来にとらわれず、その瞬間の様子に「ただ気づく」のだ。
その気づきを深めていく練習が瞑想だ。マインドフルネス瞑想法の1つである呼吸瞑想は、自らの呼吸へと注意を向ける。呼吸の瞬間の鼻を通る空気の温度やおなかの膨らみなど、身体に現れる感覚に気づいていく。
瞑想中、呼吸に注意を向けていても、頭にはよく他の考えが浮かぶ。池埜教授は、考えが現れることは問題ではないと強調する。「心のおしゃべり(考えやストレス)は出て構わない。それに気づいて、また(呼吸に)戻っていく」。瞑想ではこの注意の移ろいを何度も繰り返す。
マインドフルネスは、浮かんでくる考えやストレスを無くそうとするわけではない。あくまで肝心なのは、気づいた考えを手放し、注意を今、この瞬間へ戻すということだ。
池埜教授は続けて、考えから注意を今に戻すと「心のおしゃべりと自分がちょっと距離を取れる」と話す。すると、考えとの間にできる小さなスペースによって、考えに支配されにくくなり、自らを少し客観的に見られるようになるという。こうしてマインドフルネスは、いわゆるメタ認知能力を高め、「考えが出てくる自分に気づく、もう一人の自分」を育んでいく。
瞑想は1日20分行うことを池埜教授は推奨する。時間が取れない場合は「5分でも、10分でもいい。続けられたらすごく良い」という。呼吸瞑想のような瞑想ではなくても、「服のボタンを下から上に留める」など、普段と異なる行動を日常に散りばめることでも良い。今に注意を向ける自分なりの方法を見つけ、習慣化することが大事だと池埜教授は語る。
マインドフルネスを継続すると、考えに支配されにくくなることでストレスを抱えにくくなり、ストレスに関わる脳の構造も少しずつ変化する。こうした変化により結果としてストレスが低減し、うつ病の治療や再発予防にもつながると言われている。
一方、ストレスに関わる脳の構造が変化するには、6~8週間のマインドフルフルネスの継続が必要とされている。そのため即効性は乏しい。しかしマインドフルネスは「万能でも、特効薬でも何でもないけれど、人生の豊かさにつながるもの」だと池埜教授は考える。
池埜教授自身、人生における豊かな変化を実感した。「ほんと穏やかになった」。マインドフルネスを始めてから、そう奥さんに言われたという。「今でもカッとしたりするけれど、ストレスとの付き合い方は変わってきた」と自身への変化を語る。
他にも人生における豊かな変化を感じたのは、ある実業家の男性だ。ずっとビジネスに必死に力を注いできたが、家族との離別を経験した。ビジネスには成功したものの、激しい虚しさが後に残った。その後マインドフルネスを始めた男性は、世の中の美しさに気づくようになる。
「私は、何十年通っていた道に花が咲いていることすら知らなかった。でも、それに気づくようになった。これがどれだけ人生にとって大きなことだったか、ようやく分かった」と、男性は池埜教授に語った。
マインドフルネスは自分だけではなく、周囲とのつながりの豊かさを気づかせてくれる。今、この瞬間も、自分や身の周りに確かに花は咲いているはず。その花への気づきこそが、少しずつ、こころを豊かにしていく。
(高尾亮央)

