サンフランシスコ大学の広告=本人提供
「日本では、死因が十分に究明されていないという事実を、もっと多くの人に知ってほしい」。そう話すのは刑事政策・犯罪学を専門としている松原英世教授(甲南大学法学部)だ。関西学院大学法学部を卒業し、「刑事制度の周縁」に注目しながら、刑事制度のあり方を研究してきた。
今回は松原教授の最近の研究に焦点を当てて、話を伺った。
―日本の死因究明制度に警鐘を鳴らす
ここしばらくは、日本の死因究明制度のずさんさに問題意識を抱き、法医学者などと研究を続けている。
日本では死因が分からない場合でも、死体の解剖が行われる割合は小さい。実際に日本の死体の解剖率は全国平均で1割程度と極めて低い。解剖率が低かったり、十分な検査が行われなかったりと、死因究明が不十分である可能性がある。日本では、死因が十分に究明されていないという事実を、もっと多くの人に知ってほしい。
また、死因究明の目的自体も考え直す必要がある。日本では犯罪捜査を目的として死因究明が行われている。一方、世界的には「公衆衛生」が目的であることが一般的だ。死体の解剖率が高い国では、どういう事故が起きているのか、どんな薬物が流行しているのか、どんな疾病リスクがあるのかといったデータが蓄積される。そうしたデータがあれば、類似の事故や死亡を防ぐことができる。だが死体の解剖率の低さ故に、日本にはそのデータ自体が十分にない。
遺族の現状も踏まえて、一定の要件に当てはまった場合には(自動的に)死体の解剖を行い、死因を究明する制度が望ましい。
―自己責任はフィクションだ
刑事責任を問うとは、つまり自己責任を問うことだ。我々の社会は自己責任なくしては成り立たない。
だが、自己責任はフィクションだ。(劣悪な養育環境で生きてきた人などが)問題解決のための唯一の手段として犯罪をしたならば、それはその人自身の責任なのだろうか。(社会が)自己責任を重視していることが、すごく生きづらくしているんじゃないか。
―法学の面白さ
これまで社会学者や心理学者らと多くの共同研究を行ってきた。学際的な共同研究に取り組むなかで、法学の面白さを実感するようになった。 社会現象を事実として捉えながらも、それを分析する過程で法理論を使っていくと「あっ」と思うことがある。
―学生へのメッセージ
サンフランシスコ大学の広告に「WHERE DEVIATION IS STANDARD(うちでは逸脱はスタンダードだ)」と書いてあった。世の中の事象のほとんどは正規分布だ。マイナスが減ると、その分プラスも減るので、社会が変わっていかない。逸脱視されることを恐れずに、大学生活の4年間で色々なことに挑戦してほしい。
(聞き手・今村早織)

