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人間福祉学部・藤井美和教授 ADEC受賞記念講演会

 関西学院大学人間福祉学部研究会は3月14日、関西学院会館レセプションホールで「藤井美和教授 ADEC Academic Educator Award受賞記念講演会」を開催した。藤井美和教授による記念講演「生きる意味を問いなおす―死生学の展開—」、パネルディスカッション「藤井ゼミ卒業生を囲んで」が行われた。

 Association for Death Education and Counseling(ADEC)は、死生学教育、研究、実践を推進する国際的な学会である。2025年4月、ADECにおける「Academic Educator Award」を人間福祉学部の藤井美和教授が日本人で初めて受賞したことを記念し、講演会が開催された。

 藤井教授による記念講演では、藤井教授がアメリカで研究した内容と死生学を学び教えてきたことを、自身の体験とともに語った。

 藤井教授は大学で法律を勉強し、新聞社に就職した。しかし、全身麻痺になる神経難病に襲われた。この死に直面した経験をきっかけとして、「何のために生きるのか」という問いを突きつけられた。それが死生学を研究するきっかけとなった。

 多くの人は生と死を対極のものと捉えがちだ。しかし、死生学では生と死を切り離せないひとつのものとして考える。藤井教授は死生学を「死を含めて生きることを考える学問」と定義する。

 死生学では「人称」を重要な問題のひとつとして捉える。人称によって死の捉え方は変わる。情報として見る客観的な死、愛する人の死、自分の死。いのちの問題は、常に「どの立場から語っているのか」という視点が不可欠であるという。

 また、死生学のもうひとつの重要な点は人間理解である。人間を理解しようとするとき、死生学では人を「全人」として捉える。科学は「生きる意味とは」という根源的な問い(スピリチュアリティの領域)を十分に扱いきれない。しかし、生きる意味や存在価値を問うことは人間にとって極めて重要なことであり、死生学はその重要性を問い直す。

 藤井教授は「社会は人ではない」と強調する。社会の価値観は社会の多数派の人々が持っている価値観であるため、個人が変わらなければ社会は変わらないという。そのため、ひとりひとりが自分の価値観を問うことが重要である。そのための教育が死生学なのである。

 死生学のプログラムである「死の疑似体験」では、がんで亡くなるまでの架空の闘病日記を読み上げ、症状が悪化する過程に合わせ、受講生が紙に書き出した自分の大切なものを一枚ずつ破っていく。最後の一枚を破った後に、そのときの自分の気持ちを振り返る。

 最後まで残るものの多くは、「形のない大切なもの」か「大切な人」であるという。学生たちのコメントも、死を通した生の在り方を見つめるまなざしと自身を包み込む愛への感謝で満ちている。

 藤井教授は死に直面したとき、「私は何のために生きてきたのだろう」「私の人生の意味は何だったのだろう」と涙が溢れたという。その実存的な痛み(スピリチュアルペイン)を抱える中、「生きていていい」と思えたのは、「自分を徹底的に受け入れてくれた人がいたから」だと語る。   

 手鏡を使い命がけで窓の外の船を見せてくれた同室の患者、共に泣いてくれた看護師、毎日様子を見に来てくれた主治医、そして「あなたに会えるのが嬉しい」と笑顔で会いに来てくれた母。カウンセリングなどの専門的なケアではなく、生身の人間として自分をまるごと受け入れてくれた人たちの存在が、藤井教授にこれまでと違う世界を見せてくれたという。

 私たちは生まれたとき、何も持っていない。しかし、生きていくうちに、学歴や教養、財産、社会的地位など、いろいろなものを身につけていく。それらがいつの間にか自分の価値にすり替わり、それらがなくなると価値がないと思ってしまう。しかし、「もともと何もなくてもよかったはずなんです」と力を込める。

 何もできない自分の存在をそのまま受け入れられた経験が、藤井教授に『在る、存在しているのが先だ』という気づきをもたらしたという。そして、このように人の価値観を変えるものはいったい何かと考えた。それは、「無条件に与えられる愛」だったと振り返る。

 最後に、周囲の人々への感謝を述べた。死生学を研究し続ける力となったのは、学生やゼミ生、大学院生の存在だったという。さらに、人生の在り方を生き方で示してくれた恩師や友人、家族への思いを述べた。「私をまるごと受けとめ、一緒にいてくれる家族に心から感謝したい」と語り、講演を締めくくった。

 パネルディスカッションでは、藤井ゼミで学んだ3名の卒業生が登壇した。登壇したのは、宮﨑敦子氏、安井優子氏、長野知里氏である。藤井教授の死生学教育が自身の人生に与えた影響を語った。

 宮﨑氏は、父を亡くした経験をきっかけに藤井ゼミを志望した。悲しみを家族で共有すること、悲しみに向き合うことが十分にできていなかったため、「自分の思いに一度しっかり向き合うべきだ」と考えた。

 そして、藤井ゼミは「正解」を導く場ではなかったことが印象に残っているという。「みんなの思いを分かち合いながら、議論をする過程そのものを大切にする場だった」と振り返る。

 卒業後、金融業界に就職したものの、自分の価値観との葛藤を経験し退職し、福祉の道へ進んだ。藤井ゼミでの学びは、「知識として使うものではなく、気づけば自分の判断の前提となっているもの」だと力を込めた。

 安井氏は、夫との死別が死生学との本格的な出会いとなった。看護師として働く中、緩和ケア医の夫からの影響で、藤井教授の死生学を科目履修生として受講していた。夫ががんを発症したとき、2人で藤井教授からの手紙を読み、涙が止まらなかった。

 夫の死後、悲嘆に暮れる日々の中で思い出したのは、死生学の授業、そして夫からの「いのちの大切さを伝えてほしい」という言葉だった。「夫から教わったことを自分の言葉で伝えていける自分に成長して生きていきたい」。そう考え、38歳で関学大に入学し、藤井ゼミで死生学を学んだ。

 卒業後は大学院に進学し、現在は上智大学で社会福祉と死生学を教えている。また、学生が研究室を自由に訪れる「よつやカフェデモンク爽風庵」にて、学生の声に耳を傾けている。

 長野氏は、困難な家庭環境の中で育ち、「なぜ誰も助けてくれなかったのか」という思いを抱え社会福祉を志した。そして、偶然読んだ関学大パンフレットから死生学を知り、進学を決意した。入学後、「死の疑似体験」を通して「家族を許したい」と思っていた自分に気づき、「人を憎んで生きていくのはやめよう」と自然と思えた。

 卒業後社会人となり、次女に生まれつき聴覚障害があることがわかったとき、自分の価値観を問われた。そこで学生時代の死生学のノートを引っ張り出し、泣きながら読み返したという。死生学を含めた大学での勉強が「セーフティーネットのように絶望の淵から守ってくれたような感覚だった」と語る。 

 そこで卒業後初めて藤井教授にメールをし、藤井教授の言葉から「この子がいてくれるだけで幸せなんだ」ということを起点に物事を選択できるようになった。困難にぶつかったときや人生の岐路に立ったとき、何が大切なのか、それを実際に大切にできているのかを問うという。「そうできる心のあり方を、死生学から、藤井先生から学んだのだと思います」。

 3名は最後に、藤井教授の死生学教育が自身にどのように働いているのかを語った。長野氏は「これからの私の人生のバイブルであり、人生の羅針盤」と表現した。安井氏は、死ですべて終わるという死生観が、死後もなお亡き人との関係はつながっているというものへと変わったと振り返る。宮﨑氏は、経験と重なりながら実感として自分の中に蓄積されるものだと述べた。

 藤井教授は3名の話を受け、生きることは何かを獲得していくことだと考えられがちである中、「目に見える世界や獲得する世界を越えたところに広がる世界がある」と説いた。そして、いのちの価値が相対化され、選別される現代においてはこうした視点こそが重要ではないかと呼びかけ、ディスカッションを締めくくった。

(山須田優)

プロフィール

藤井美和

関西学院大学人間福祉学部(大学院人間福祉研究科)教授。専門は、死生学/デス・エデュケーション、QOL、スピリチュアリティ。新聞社勤務中、突然神経難病を発症し死に直面する。全身麻痺となり、半年の入院、2年半のリハビリを経験。これが、「生と死」「いかに生きるか」に向き合う転機となる。1994年社会学研究科(前期課程)修了後、フルブライト留学生としてWashington University in St.Louis,School of Social Work博士課程入学。1999年Ph.D.(博士号)取得。2024年度、Boston College客員教授(フルブライト研究員)。著書に「死生学とQOL」関西学院大学出版会、共著「増補改訂版 たましいのケア」いのちのことば社、共編著「生命倫理における宗教とスピリチュアリティ」晃洋書房他。

宮﨑敦子

居宅介護支援事業所・介護支援専門員。2003年藤井ゼミ第一期卒業生。新卒で株式会社UFJカード(現三菱UFJニコス)に総合職で入社。金融を取り扱う中で、自分自身の価値観・大切にしたいことを改めて自覚し、わずか半年で退職。社会福祉士取得後は、知的障害者入所更生施設に勤務。その後、介護職やデイ生活相談員を経て、2024年9月より「淳風とよなか」ケアマネジャー。

長野知里

生命保険会社・人材育成トレーナー。2007年卒業生。日本生命保険相互会社に入社。保険コンサルティング営業に2年間従事した後、人材の育成・指導を5年間経験。その後、人材育成トレーナーとして、研修やOJTでの職員育成にあたっている。「オンライン里親プロジェクト」に里親として参加する等、地域貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

安井優子

上智大学総合人間科学部・特任助教。救急医療・緩和ケア分野で14年間、看護師として従事。緩和ケア医の夫をがんで看取った後、藤井教授を求め人間福祉学部に入学。 2015年卒業後、大学院進学。前期課程で東日本大震災の被災者の苦しみ、後期課程で医療ソーシャルワーカーのSpiritual Sensitivityを研究。2023年博士号取得。現在「対人援助のための死生学」を担当。

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