「京都で音楽がしたい」。愛知県から京都の大学を受験し、同志社大学に入学した。2年生までは音楽活動に没頭。バンドでギターとボーカルを担当し、作詞もした。
文学の世界に足を踏み入れたのは、3年生の時だった。「文学とは何か」を追究する当時のゼミの先生に影響され、文学の魅力に取り付かれた。表現するという点で音楽と文学は共通していた。
大学院で2人目の恩師に出会った。「学問の専門性を嫌う先生だった。あらゆる方向から文学を考えるきっかけを与えてくれた」と振り返る。卒業後も研究を続けたいという思いが強くなり、関西学院大学にやってきた。
文学の魅力は、私たちを予想もしない場所に連れて行ってくれることだという。言葉に巻き込まれて、自分の見ている世界が変わることや自分の立ち位置が揺らぐ経験を大事にしている。「つらいし、叫び出したいこともあるけれど、自分が変わってゆく楽しさがある」と話す。
講義では、学生のコメントをまとめて紹介する時間を大切にしている。他の学生の考えを聞いて考えが発展したり、つながったりするきっかけを作っている。
学生のコメントに気付かされる瞬間もあった。「子供は好きだけど生みたくない」という女子学生の声を始めとして、自身も女子学生が多い関学の文学部に男性の教授ばかりがいることに疑問を感じ、ジェンダー論に関心を持った。「院生の頃は関心が無かったが、ジェンダーについて考えなければならないと思った」と話す。
専門は日本近代文学で、坂口安吾の研究に力を入れている。常識や秩序が壊れた戦後の日本で、言葉で世界を変えようともがいた人物だという。「言葉を捨てず、安吾自身に染み付いた規範や常識を必死で剝がそうとしている。その過程を文章にしていることに引かれた」と語った。
来年度の春学期は半育休を取るという。ゼミを中心に大学で授業をするのは週2回になる。昨年9月に2人目の子供が生まれ、育児をしたいと思ったという。子供がいることで、ペースや目線を合わせることが増えた。子供に巻き込まれて、見える世界が変わることもある。
「今は人とのつながりが問い直されている時だと感じる」と話す。危機の時代と言われているが、今を新たな未来への分岐点だと捉えることもできる。「自分を追い詰めすぎず、やり過ごしながらも考えることをやめないでほしい」とエールを送った。(難波千聖)