宮西尚生投手=北海道日本ハムファイターズ提供ⒸH.N.F.
昨年、プロ野球パ・リーグで2年連続のAクラス入りを果たし、優勝争いを繰り広げた北海道日本ハムファイターズ。その北の大地で、チームのために腕を振るい続ける鉄腕投手がいる。宮西尚生投手(40)は、関西学院大学商学部を卒業した本学OBである。通算ホールド数は前人未踏の400を突破し、球界を代表するリリーフピッチャーである。
今回、新聞総部は宮西投手に書面でのインタビューを行った。大学時代から現在に至るまで、その内容をご紹介する。
[一問一答]
Q1 関西学院大学入学のきっかけ。
回答)自宅から近いということと、関学野球部が関西の中でも有名な関西学生野球連盟に所属しており、自分のパフォーマンスをより向上できるのでは、と考えたからです。
Q2 学生生活の中で特に印象に残っている場所やできごとはありますか。
回答)印象に残っている場所は野球部の部室です。新しい校舎が建って、グラウンドも第3フィールドができて、そっちに移動しましたけど、大学1、2年時のグラウンドは、アメフト部も野球部も、そして高等部の野球部や中学のラグビー部も使っていて、ひしめき合った中で練習していたイメージがすごくあります。また、キャンパスの真横だったので、いろいろな学生が通るなかで、練習していたのはすごく印象的です。
Q3 部活動と学業をどのように両立させていましたか。
回答)両立できていたかと問われると、できていなかったに近いかもしれません (笑)。ただ、テストの1か月前になると開門から閉門まで図書館でずっと勉強していた思い出がすごく残っています。学業面については正直ついていくので必死でした。それでも講義を受けるなかで、野球部の活動とはまた違った人たちとの触れ合いがあり、いい交流になりました。
Q4 大学野球部同期の荻野貴司選手との思い出はありますか。
回答)荻野選手はチームを代表する選手でしたし、2人でプロに行きたいな、という話をしていたことはすごく覚えています。僕がプロ志望届を出したとき、彼は社会人に行くと決めていました。プロに行ける実力があるのに…と思っていましたが、彼の 「自信がない」という言葉が今も覚えているし、印象的ですね。
Q5 野球部時代に一番印象に残っている出会いは。
回答)関学での出会いで印象に残っているのは当時ピッチングコーチだった本荘さん(現・関学大公式野球部監督)
です。もうそれがすべてと言っていいくらい。すごく親身になって練習も付き合って くれました。言いたいことも聞いてもらいましたし、意見を言い合える環境を整えて くれました。そのなかで、自分に合った方向性やトレーニング方法の答えを導き出してくれた方だったので、一番印象に残っています。
Q6 大学生活を振り返ってやり残したことは。
回答)今思い返すと、もっとキャンパスライフを楽しんでおけばよかったなと思いま す。授業や大学イベントなどでたくさんの人と交流したかったなと思います。
Q7 900試合登板を達成したときの気持ち。
回答)700試合登板、800試合登板、400ホールド記録とかありましたけど、900試合が一番大変でした。人間なので年齢を重ねるごとにパフォーマンスを維持するのも難しくなるし、記録を積み重ねるのもどんどん難易度が上がると改めて思いまし た。今回は優勝争いをする切羽詰まったなかで、起用してくれた新庄監督に感謝です。チームメート、後輩たち、支えてくれた裏方さんにも感謝しかありません。サポートしてもらって達成できた記録だと思います。
Q8 記録に対しての思いを教えてください。
回答)達成してきた記録はリリーフの存在価値を示すものだと思っています。登板数だったら岩瀬仁紀さん、ホールド数だったら山口鉄也さん、先人たちが高めてきてくれた価値を引き継ぎ、自分自身も後輩たちが「あの記録を乗り越えてやろう」というモチベーションになってくれたら、と思ってプレーしています。
Q9 プロ野球選手として活躍する上での支えや原動力についてお聞かせください。
回答)プロ野球選手としてよりもスポーツとして、そのスポーツをすごく好きでいる ことが大事だと思います。そこが、つらい練習やつらい経験でも乗り越えられる支え になっていると思います。原動力はチームワーク。野球はチームワークが大事ですし、このチームのために戦うとか、このメンバーで優勝したい、そういう想いが原動力です。
Q10 これまでプロ野球選手として、最も苦労された点、大変だったことについて教えてください。
回答)リリーフである以上、毎試合準備しないといけない。状態のいい日というのが、年間を通してそんなになく、本当に5回あればいいぐらいかなという感じです。 基本的に身体のどこかに不安を抱えていたり、疲労が残っていたりするまま登板することがあるのがリリーフの仕事なので、そこはやっぱり大変です。あとは入団したばかりのころは、打たれたとしても先輩方がカバーしてくれましたが、自分が上の立場になり、チームの中心として戦っていくようになると、失敗できないというプレッシャーがありました。そのプレッシャーはずっと変わらないので大変です。
Q11 今までの登板で特に印象に残っている登板がありましたら教えてください。
回答)ピンチを抑えてみんなが喜んでいる姿を見たときが一番やりがいを感じます。 2016年の日本シリーズで広島カープ(当時)の丸選手を2死満塁のピンチで三振に抑えたときは、すごく印象に残っています。もう一つは2024年のエスコンフィールドでのcsファーストステージで、最後のイニングを抑えて勝ち上がりが決まったときです。 みんなが喜んで、うれしそうな表情でマウンドに駆け寄ってきてくれた光景はすごくいい思い出です。
Q12 関学生へのメッセージをお願いいたします。
回答)自分は野球でしたけど、どの分野でも自分が思い描いた目標に対して、これがやりたいと思い続けることがすごく大事だと思います。結果以上に、その目標にどう取り組んでいくかという過程を大事にしていくことによって、困難があっても自信をもって取り組んでいけるのかなと思います。
来年、プロ野球生活19年目を迎える宮西投手。これからもチームのためにシーズンを戦い抜く。
(山下結大朗)
[プロフィール]
宮西 尚生(みやにし なおき)
1985年6月2日生まれ。兵庫県尼崎市出身。市立尼崎高校卒業後、関西学院大学商学部に進学。2007年のNPB大学・社会人ドラフト会議で北海道日本ハムファイターズから3位指名で入団。2024年に前人未踏の通算400ホールドを記録。昨年5月15日のオリックス戦では880試合連続救援登板の日本記録を樹立。9月23日の楽天戦で史上4人目の900試合登板を達成した。過去に最優秀中継ぎ投手賞を3度獲得。

